どうしてこういくつも小さい宗派が出来るんでしょうね。
自分の場合は地元で小・中学生の頃、学校に行く途中で信者に勧誘に誘われたりしたのを思い出します。
それ以降、自分の生まれた町で会ったことはないです。
宗教の関係の事を考察してみようと思ったきっかけはトレンドで幸福の科学の総裁が亡くなられたとかでニュースに上がっていたのでちょっと調べてみました。
幸福の科学自体の教えもちょっと見てみました…
うーん・・・よー分からんw
結局の所こういった宗教関係って、絶対的に拝む神のような存在がいて絶対的なんだけども
案の定幸福の科学にもいましたw
それはそれでよいのです。
わたくしがこの宗教関係で疑問に思うのは信者の洗脳されて動くまでにいたってしまった方々です。
大学の頃は宗教にはまって、学校のクラスの人にも広めようとしてる方とかいたりしました。
宗教は教えを広める為に知り合いに広げていくというのが教えであるらしく
一旦宗教のにおいがすると何かチラチラ手を合わせて拝む方を見る事が多くなります。
大学の時、友人が完全に宗教にハマって教えを広めに来ました。
何というか、完全にその子ハマってしまっていて、洗脳されているよとか
そういう事を言ってももう駄目な状態にまで洗脳されてしまってました。
教えを広げに来ましたが、わたくしは自分というものを持っていたり、やりたい事があったので
何にも心に響きませんでしたが…
何の宗教かは覚えてませんが、どうしてこう人は宗教にハマるのでしょうね?
と疑問を投げかけつつも、何となく分かるのは心の拠り所が欲しいだろうなぁというのは
何となく気持ち的には分かります。宗教にハマった子は何か心の拠り所がないような子でした。
なんだかんだ言って今残っている風習だったり、いろんなしきたりだったり、マナー的なものは
宗教的な作法等で出来ていたりするのも心得てはおります。
そう思うと日本人は結構なマナー的な動きだったりしきたりを宗教的なもので縛られて
動いて作られた民族である事を知ります。
日本の風習だったり宗教があってこそできた文化だと思うと
何か信じないと言っても、その文化の中で育ち、
行事ごとに神社とか行ったりしてるその行動に疑問に思ったりします。
年月が経っている建物とか歴史を感じたりして…
日本人という民族は不思議な民族だなというのを宗教関係の話になると
感じる管理人でした。
まあ、自分は何か特定の宗教にハマってという事はないかな…
コメント